2008年2月26日火曜日

地獄は一定すみぞかし、と言うけれど

いきなり仏教用語で始まって、とっつきにくいですね。

「地獄は一定(いちじょう)すみぞかし」というのは親鸞の言葉です。
親鸞は浄土真宗の開祖ですね。
僕は別に浄土真宗ではありませんが、最近仏教に興味があるのは確かです。
好きな作家の五木寛之さんの影響ですけどね。

地獄というのは、死んでから行く世界では無くて、この世がそうなのではないか、と思う事があります。
そう思わせる根拠の一つは温暖化です。

温暖化はCO2の温室効果によって引き起こされているとされていますよね。
その原因は産業革命以降による工業化です。
産業革命による恩恵は誰の目に見ても明らかです。
しかし、それによって地球の環境が危機に陥るとは、なんと皮肉な事でしょう。
人間の欲望を追及する事によって、人間自らが苦しめられる事になるのです。

そして戦争、天災、犯罪、貧困。
数えだしたら切が無いほど、この世界には悲劇が蔓延していますね。
これを地獄と言わずになんと言うのでしょうか。


こういう事柄を総合して考えると、人間の欲はある程度抑えて生きるべきである、という仏教の考え方にたどり着くのです。
この理念に最も反するものの一つが、現在の大量消費経済でしょう。
この資本主義においては、個人消費が増えれば経済が活性化すると言われていますね。
個人消費を増やす為には、「欲しいものはどんどん買いなさい!」という欲望の開放を肯定しているわけです。
果たしてこれで良いのか?

欲望を制御しないで生きるとは、どういう事なのでしょう。
自制できない人=幼稚な人 です。主観が入っているかもしれませんが。
そうすると今の社会は、幼稚な人を大量生産する社会なわけです。
そりゃ凶悪犯罪も増えるし、偽装事件も増えるし、「年金なんてバカらしくて払ってられるか!」みたいな人も出てくるわけです。

ここで苦言を呈しておきますが、ちゃんと年金は払いましょう。
確かに社会保険庁は怠慢すぎるし、元職員で犯罪を犯している人もいますけど、今現在年金を受け取っている人の支払いができなくなってしまいますからね。とまあこの件はまた後日。


なぜこの世が地獄と言って差し支えが無いくらい苦悩に満ちた世界であるかの答えは、
各々が成長してなんとか乗り切って行くしかないように仕向けられている、だと思うのです。
もしこれよりもより納得のできる答えを持っている方は是非お教え頂きたいと思います。
ただし、新興宗教の勧誘やネット詐欺みたいな方は一切お断りです。

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