2009年6月10日水曜日

もう6月か

早いもので、6月ももうすぐ中旬に差し掛かりますね。
6月はあまり演奏とかは無くて、地道に練習したりしています。
この地道な練習こそ楽しい…、というのはやはり異常でしょうか。


精神的に余裕のある状態になってくると、人生とは何なんだろう、という難題が頭に浮かんで来ます。
古代ギリシャの学者と同じ課題を考えられるなんて、贅沢な話です。
やはり人間は衣食住だけでは満足できない生き物ですね。
精神的な活動はとても大事なものだと思います。
こういった難題には答えは出ないですが、色んな人の考えを知ることは興味深いものです。


最近読んだ本で、面白いと思った文章があります。
「苦労は何もしなくても向こうからやってくるから、わざわざ自分からする事は無い。」
これには反感を覚える人もいるでしょうね。
人生に苦労は付き物です。
一見恵まれている人も苦労は多いはずです。
わざわざ自分で増やす事は無い、というわけです。

最初はそんなもんかな、と思いましたが、時間が経つにつれてそうかもしれない、と思いました。
これは一つの知恵だと思います。
苦労は買ってでもしなきゃ、という人、心配は要らないと思います。
何もしなくても期待以上にやってきますよ(笑)。


その苦労を自分で増やしていた人に相当する一人は太宰治です。
近頃は彼の小説にはまりつつあります。
後期の作品は読んで辛いものが多いですが、とんでもなく無茶をする主人公を放っておけない感じがします。
どうしてそこまで自己否定するんだろうか…。
そこに惹かれているのかもしれません。

しかし、月並みですが良かったのは「走れメロス」です。
これは中期にできた作品で良く教科書にも載っていますね。
他の破滅的な作品を読んで、改めて読み返すと、あの太宰治がこんな良い話を書いているよ、と二重に感じ入るのです。
この時期は精神的にも経済的にも割りと安定していたようです。

とはいえ、後期の鬼気迫る作品には、何とも言えない魅力があります。
自分は彼のように激しく生きられるだろうか…、と問うことすら愚かですね。
そんな事は僕には出来るはずも無いのです。
出来たとしても、したくはありませんけど…。


こんな風に生きた人がいたんだな、というのは今もって驚きです。
彼の真摯な姿勢だけは見習いたいと思います。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

chiyo2です。

私の持論としては、「歳を取ってからの苦労はしない方がいい」なんですよね。
若い時にある程度の苦労(その人が乗り越えるべき課題を乗り越えるという意味)すれば、段々と苦労だと思うことが少なくなっていくんじゃないかなと思ってるんですけど、どうでしょうね。
「実のある苦労」という表現も変ですが、どうせやるなら、ちゃんと乗り越えて何かを得たいですね。

ジュニー さんのコメント...

chiyo2さん、こんにちは。

「歳を取ってからの苦労はしない方がいい」、これも真理かもしれませんね。
歳を取って苦労した人は、変に人格が歪む人が多い気がします。心は年齢を重ねても強くはならないみたいですから…。
chiyo2さんの持論も面白いですね。
苦労は実にならないと、し損な気はしますね。