2008年8月17日日曜日

オリンピック選手について

オリンピック。
それは、スポーツ選手に取っては、最高峰の夢なのでしょう。
しかも、選手生命の短いスポーツ選手にとって、自分の命そのものを燃やすにふさわしい劇場。
普段関心の無い分野のスポーツでも、オリンピックになれば突然国民の関心を集めるわけですから。


このように、自分の全てを捧げるなんて、普通に生きている人にはなかなか無いことです。
オリンピック選手だって、99%の努力と1%の才能なのかもしれません。
しかし、1%の才能すらなかなか得られないものです。
僕みたいな人は、努力をする資格すら手に出来ないのです。


僕だって人生を音楽に捧げているつもりですが、スポーツ選手とは違いますね。
期間限定(若い時期だけ)という制約があるからだと思うのですが、彼らの集中的な努力はすごいものがありますね。

自分との闘い。
これに挑んだ事がある人はみな経験する事だと思いますが、自分の未熟さと向き合うというのは想像を絶するエネルギーと覚悟が必要です。
自分のダメなところは見たくない、というのが人情です。
しかし、何かを極めようとすると、必ずそれと対峙しなければなりません。
やがて見えてくるのが自分の怠惰さ、傲慢さ、狡さ、弱さ、等といった醜さです。
自分の中にそれらを認める、というのはなかなか辛い事です。
それでもなにがしかの結果を出すには、乗り越えなければいけない試練です。

しかし、こういう自分を賭けられるものがあるというのは幸せな事だと思うのです。
なんとなく生きる、という道とは正反対な、プレッシャーだらけの道。
そうは言っても、なんとなく生きる、というスタンスの人も違うところで苦労があるはずです。
どちらが良いのか一概には言えないですけどね。


オリンピックで結果の出せる選手、出せない選手がいますが、どちらも今までの努力を称えたいと思います。

結果を出せなければ意味が無いって?
いい加減そういう思考から脱却するのが、より良い社会を作るきっかけになると思うのですが、これも奇麗事なんですかね。

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