2008年6月24日火曜日

ちょっと久しぶりです

また少し間が空いてしまいましたね。
それは仕方ない事でもあるのですが、書きたい事が溜まってしまうのも良くないです。
1回の投稿にそこまで色々詰め込むわけにもいかないですから、
自然と漏れる内容も出てきてしまうのです。



急に決まった仕事なのですが、今週の土曜日(28日)に、赤羽のBフラットというお店で演奏します。
赤坂のBフラットは有名なジャズのライブハウスなのですが、赤羽です。お間違え無く。


この店の情報はネットで出てこないので、住所を載せておきますので、お時間ある方はいらして下さい。
赤羽 2-15-9
19時半スタート
03-3903-8586


このお店、どうもスナックらしいのです。スナックなんてあまり行かないので判りませんが。
誘ってくれたのは 秋山幸雄さん(B) なのですが、この方は戦後のジャズを引っ張ってきた方なのです。
齢は確か80くらいですが、サッチモ(ルイ・アームストロング)が来日した時には共演していたり、秋吉敏子さん(P)が渡米する前に一緒にバンドを組んでいたり、生きたジャズの歴史のような方です。


しかも、青学の先輩でもあるのです。まあ半世紀くらいの隔たりがあるのですが…。
このブログのプロフィールには面倒で載せませんでしたが、実は僕は青山学院大学卒です。
でもみなさんの想像する青山キャンパス(渋谷区)とは別の、今は無き世田谷キャンパスに主に通う理工学部の学生だったのですが。

専門は何か、ですって?

一応物理です。その中でも統計力学です。

まああんまり理解しないまま卒業してしまいましたけどね。
僕が大学の勉強で一番学んだ事は、「つまらない事でも我慢してやる。」という事です。
物理とは関係ないじゃん!
と、みなさん突っ込んで下さって構いません。
しかし実際に、忍耐力はつきましたね、多分。
耐えられない学生はみんな中退していきますから。




もう一つ書きたいことを続けて書かせてもらいます。
長すぎる投稿はなるべくしないようにしているのですが、許して下さい。

先日、ボストンのバークリー時代の友人からメールが来ました。
彼女は今もボストンに住んでいます。
なんと開いてみると、大阪の民放に出た、という内容だったのです。
映像も一緒に送ってくれたので見てみました。

リポーターがぐっさんなのでビックリしました。大阪では結構有名な番組なのかもしれません。
そのぐっさんとNさん(女性ピアニスト)の2ショットにはすんごい違和感を感じました。
Nさんが遠い世界に行ってしまったのか、はたまたぐっさんがこちらの世界に近づいたのか…。
題名は定かではないのですが、星新一の「地球から来た人」という話を思い出しました。
似て非なる世界に来てしまった感じです。


僕みたいに大学を出てからだったり、ある程度年齢が行ってからバークリーに来る人は、普通の人とは違う覚悟でやって来ます。
一言で言えば「背水の陣」なので、常に真剣でもありますし、絶え間ないプレッシャーとの闘いでもあります。
個人的には、精神的にある程度突き抜けたので、幸せを享受できるようになりました。
しかし、振り返ってみると、かなり苦難の道を自ら選んで来たような気がしてなりません。
もちろん僕以上に苦労している人は世の中にすごく沢山いるんですけどね。


Nさんも、僕以上に自らに厳しい選択をしてやって来た人なのです。
こういう人は、単に同級生というくくりを越えて、戦友と言っても良い域に達していると思います。
もちろんテレビ番組なので、ポジティブな面しか強調していませんが、自分も音楽が本当に好きでアメリカまでわざわざ渡って行った、という事を思い出させてくれました。


こんな簡単な事も、現実世界の荒波にもまれていると忘れてしまうものなのです。
ラッパで飯は食えない、と言いますからね。
かのバッハも生きているうちはずっと貧乏だったらしいですが、芸術と金銭的な豊かさというものの両立はなかなか難しいのです。


しかし、この選択が僕にとっては人生を後悔しない為の選択だったのです。
そしてNさんもそうだったのです。
資本主義が骨の髄まで浸透し始めている時代。
「お金にならない仕事をする者はバカだ。」という風潮が蔓延してきていて、それがゆえに不祥事も沢山起きる時代。
そんな中、うちらのようにお金になりにくい仕事をしているのは確かにバカなのかもしれませんが、世の中お金だけでは無いという奇麗事を証明したくもあるのです。
要するに不器用なんですね。


おっと、すごく長くなってしまったのでここらで締めたいと思います。
Nさん、これからもボストンで頑張って下さいね。
とても感動する映像を送ってくれてありがとうございます。

4 件のコメント:

Nさん さんのコメント...

見てくれて本当にありがとう。
あの撮影班があと2ヶ月たって来ていたら、+ベトナム人バンドとのチャウチャウシティでのギグが放映されていたでしょう。でも伯父はあの放送後何度も繰り返し録画を見てくれ、1週間後に脳溢血で倒れて帰らぬ人となったので、いいタイミングだったと思います。

chiyo2 さんのコメント...

Gogleに登録しなくても投稿できるようになったとのことでしたので、初めて投稿してみました。6/17のライブに引き続き、28日のライブに行きたかったのですが、結城市へ結城紬の機織りを見学に行くので行くことができません。残念…。青山学院の理工学部だったんですね。てっきり音大卒かと思ってました。音楽で生活していく厳しさは、私も大学の先輩、後輩、友人と周りに苦労している人を見ているので解る気がします。音楽が好きでも才能がないと諦めてしまう人が多い中、「人生を後悔しない為の選択」をされたことはNさんも安部川さんも凄いなと思います。不祥事を起こした会社の社員さんは「見て見ぬふり」をして自分を誤魔化して生きていくしかない。安定した生活の代償としてピュアでありたくても、そうできない葛藤の中で生きていくのではないかしら? いずれにしても自分を捧げられるものがあるということは本当に素晴らしいことだと思います。

ジュニー さんのコメント...

Nさんへ

色々と感じるところのある映像でした。あの季節は明るくて、ボストンという街がキラキラして写っていますね。
ベトナムバンド、懐かしいです。僕がキーボードで仕事をしたことがあるなんて、今だと考えられません。
伯父に見てもらえて良かったですね。心残りも一つ減って逝ったのではないでしょうか。



chiyo2さんへ

Google登録の件は、指摘されるまで全然知りませんでした。すみません。
結城袖の見学ですか、風流ですね。
来られないのは残念ですが、楽しんで来て下さいね。
才能は、あるのか無いのか中々判らないですよね。自分も未だに判りません。
不祥事を起こした会社の社員さんも苦労が多いですよね。
しかし、どんな人生を歩んでも、それぞれの苦労の総量はあまり変わらないかもしれませんね。
確かに、自分を捧げられるものが見つかって幸せかもしれません。

ジュニー さんのコメント...
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