2008年2月27日水曜日

3月1日は都立大のジャミンで

3月1日(土曜日)には、ジャミンという店でライブに参加させてもらいます。
東横線の都立大学前です。

加藤 アオイ:Vo,P
加藤 真由:Vo
安部川 純一郎:Ts

1セット 19時30分~   2セット 21時~前売り2.800円 当日3,000円http://www17.ocn.ne.jp/~jammin/index.htm


加藤アオイさんといえば、ジャズヴォーカル界のベテラン。
そして真由さんはその娘さん。こんなライブに誘ってもらって有り難いと同時に緊張します。
しかも、かなり特殊な編成ですからね。

そもそもアオイさんとの出会いは、友達のピアニストのMちゃんに誘ってもらった、自宅での新年会セッションでした 。
緊張と寒さから指も動かないし、全然自分の思うように演奏はできなかったのですが、それでも気に入ってくれて、とてもうれしい限りです。

さて、一体どんなライブになるのでしょうか。僕自身も楽しみです。

2008年2月26日火曜日

地獄は一定すみぞかし、と言うけれど

いきなり仏教用語で始まって、とっつきにくいですね。

「地獄は一定(いちじょう)すみぞかし」というのは親鸞の言葉です。
親鸞は浄土真宗の開祖ですね。
僕は別に浄土真宗ではありませんが、最近仏教に興味があるのは確かです。
好きな作家の五木寛之さんの影響ですけどね。

地獄というのは、死んでから行く世界では無くて、この世がそうなのではないか、と思う事があります。
そう思わせる根拠の一つは温暖化です。

温暖化はCO2の温室効果によって引き起こされているとされていますよね。
その原因は産業革命以降による工業化です。
産業革命による恩恵は誰の目に見ても明らかです。
しかし、それによって地球の環境が危機に陥るとは、なんと皮肉な事でしょう。
人間の欲望を追及する事によって、人間自らが苦しめられる事になるのです。

そして戦争、天災、犯罪、貧困。
数えだしたら切が無いほど、この世界には悲劇が蔓延していますね。
これを地獄と言わずになんと言うのでしょうか。


こういう事柄を総合して考えると、人間の欲はある程度抑えて生きるべきである、という仏教の考え方にたどり着くのです。
この理念に最も反するものの一つが、現在の大量消費経済でしょう。
この資本主義においては、個人消費が増えれば経済が活性化すると言われていますね。
個人消費を増やす為には、「欲しいものはどんどん買いなさい!」という欲望の開放を肯定しているわけです。
果たしてこれで良いのか?

欲望を制御しないで生きるとは、どういう事なのでしょう。
自制できない人=幼稚な人 です。主観が入っているかもしれませんが。
そうすると今の社会は、幼稚な人を大量生産する社会なわけです。
そりゃ凶悪犯罪も増えるし、偽装事件も増えるし、「年金なんてバカらしくて払ってられるか!」みたいな人も出てくるわけです。

ここで苦言を呈しておきますが、ちゃんと年金は払いましょう。
確かに社会保険庁は怠慢すぎるし、元職員で犯罪を犯している人もいますけど、今現在年金を受け取っている人の支払いができなくなってしまいますからね。とまあこの件はまた後日。


なぜこの世が地獄と言って差し支えが無いくらい苦悩に満ちた世界であるかの答えは、
各々が成長してなんとか乗り切って行くしかないように仕向けられている、だと思うのです。
もしこれよりもより納得のできる答えを持っている方は是非お教え頂きたいと思います。
ただし、新興宗教の勧誘やネット詐欺みたいな方は一切お断りです。

2008年2月21日木曜日

商店街でコルトレーンが

今日、千歳烏山の商店街を歩いていたら、ジョン・コルトレーンのCDがBGMとして街灯のスピーカーから流れていました。
しかも、ジャイアント・ステップスが。


ジャイアント・ステップスと言えば、聞く方も演奏する方もしんどい事この上ない曲です。
音楽史上で確かに大きなステップとなるレコードですが、僕はそんなに好きではありません。
ジャズの雑誌とかで、歴史上の名盤、と紹介されていたりするので、聞いた事のある人も結構居るかもしれませんね。

このレコードの影響で、ジャズの世界ではコルトレーン・チェンジ(ジャイアント・ステップスで使われているコード進行)が普及する事になるのです。
もし僕がこの音源をリアルタイムで初めて聞いたら、衝撃を受けたかもしれません。
しかし今となっては、なんでこんなに難解な作曲をしたんだろうと、ジャズ・ミュージシャンとしてはあるまじき疑問を感じるばかりです。
コルトレーンとしては、単純に今までの音楽に飽きただけでしょうが。


そんな厳つい曲をバックに、商店街独特のほのぼのとしたアナウンスが流れていたので、異次元的な世界を感じました。
全く方向性の違うものを同居させるのも、面白いかもしれません。
アントニオ猪木がキティちゃんのTシャツを着ているような、珍奇だけど斬新な空間がそこには広がっていましたね。

緊張と緩和、天と地、男と女、相反するものが同時に存在し、かといって水と油の様に決して同化せずに各々がその存在を主張していました。
てほとんどの通行人はどっちも聞いていないでしょうけどね。
しかし僕はそこに何とも言えない奇妙な音を発見したのです。

2008年2月20日水曜日

神の手雲

そういえば、先週「神の手」と呼ばれる雲の写真をある生徒さんからメールで頂きました。
なんでも数年に一度沖縄に現れるらしく、幸せになって欲しい人に送ると、願いが叶って幸せになる、という話でした。

受け取った時は、この写真すごい!と思って数人にメールで送りました。
ところが…。

どうやら加工品みたいですね。ガッカリ。
さすが沖縄、神秘的な島だな~と思っていたのですが、
沖縄出身の友達にも実際に見たことは無い、との話でした。
せっかく生徒さんが善意で送ってくれたのに…。


製造者から騙されたと言えばそうなんですが、人を不幸にしようというものでは無いので、そんなに不快では無いです。
しかし色んなものが出回りますね。神の手雲、意外と実際に見られるかもしれません。異常気象とかで…。

2008年2月14日木曜日

ようやく

僕が文学作品を読み始めたのは、23歳頃からです。
遅い方だと思います。

一応理系だったので、文学方面はかなり苦手意識が強かったのです。
しかし、読んでみると意外に面白い事が判りました。
読みやすい娯楽小説と違って、文学小説は覚悟が必要なのですが、読み終わった後の充足感は全く異なります。そういう点はジャズに似ている気がします。

人の心理には元々すごく興味があったので、登場人物の内面描写についてはとても面白く、楽しく読めたのです。
しかしその一方で、自然描写というのは全く苦痛だったのです。
花だの木だの、山、川、森…。
これらにまつわる話は、胃がひっくり返るほどダメでした。
そもそも花や木の種類なんて、スーパーメジャーなものしか判りませんし、そんなのどうでも良いよ、と思っていました。

そんな僕にも、自然の良さを文章で感じさせてくれた作品が、さっき読み終えた川端康成の名作の「雪国」です。

最初読み始めて、実はあまりの自然描写の多さに一度挫折しているのです。
その後1年くらいして、再挑戦してみました。
嫌いな自然や当時の生活の描写も、我慢して注釈をじっくり読んだりしているうちに、少しずつ染み込んでくるのが判ります。
最後に天の河が出てくるのですが、昔見事に綺麗な天の河を肉眼で見ているので、余計に受け入れられました。


本当はそういう良さというのも理解したいと思っていたのです。
自然描写の妙が最も大事だと思う俳句や詩などは更に受け付けなかったのですが、それは人生を損していると思っていたので、そのうち克服したいな~とずっと思っていました。

今回はその第一歩だと思って良いでしょう。
まだまだ覚悟と忍耐は必要ですが、2月は音楽活動も暇なので、地の人間力向上に費やしたいと思います。

2008年2月8日金曜日

穀物自給率

日本の穀物自給率は、本当に危機的なほど低いですよね。
食というのは人間にとって最も大事なものですから、これは何とかしなければいけません。

何とかするってどうするのか?
うーん、どうしたら良いんでしょうかね…。

明日から農家になる、てのも悪くありません。
しかしこれまためちゃくちゃですね。
農業も、素人がいきなり手を出して簡単に行くものではありません。

しかしキューバでは、食糧危機の時にみんながにわか農家になって、なんとかしのいだらしいです。
人間苦境に立たされるとなんとかするらしいです。

現在の日本の農業は人手不足を補う為に、老人が農作機械を使って一人でやっている場合が多いみたいですね。
しかも、原油高が影響して大変らしいです。
そういった方々になんとか支えられている現状ですね。


ここからは個人的な偏った意見が占めるので、バカバカしいと思った方には先に謝っておきます。すみません。

日本が工業化を目指して高度経済成長を成し遂げたまでは良かったですが、
その経済ももはや一流とは言えない以上、人間の原点の農業に戻るべきです!

専業農家とまではいかないものの、基本的にみんなが兼業農家になれば、かなり良くなるのではないでしょうか。
そうなると、土地の無い東京にばかり住むのは無理ですから、ある程度地方に人口が散らばるしかありません。地方活性化にも繋がるし、良いことづくめな気がします。

そもそも、戦後日本は食糧危機には幸運にもさらされていませんが、気候変動や戦争によっていつ引き起こされるかわかりません。ミュージシャンも少しは農作したら良いですよ。

じゃあどうやってみんなを農業に向かわせるか。これは政治家の方々も頭を悩ませている問題なのではないでしょうか。
今のところ、農業をやる気のある人に優遇措置を取る、という事くらいしか思いつきません。
農業がダサい、などのイメージを払拭する必要もありますね。
工業化を追求するあまり、そんなイメージも出来てしまった事実もあると思いますが、農業は大事ですからね。ほとんどの先進国は自給率は日本よりはるかに高いですから!

農業をする自分を想像すると、なんとも似合わないなあ…。
しかし、そんな事を言っていられない日が来るかもしれません。
その時は、みんなで農業を頑張りましょう。

2008年2月7日木曜日

Webの世界

僕は機械音痴、パソコン音痴、方向音痴と、残念ながら3拍子揃ってしまっています。

よってかなりのアナログ人間なのですが、世の中の流れからすると、この先更に生き難くなってしまいそうなので、少し研究してみる事にしました。

といっても、具体的なプログラムの書き方とかソフトの使い方ではなく、Webの世界そのものについてです。

ネット上には無料で利用できる便利なサイトって沢山ありますよね。例えばWikipediaとか。
それらは使う側にはとても有り難いのですが、なぜそんなサイトが存在するのか不思議でたまりませんでした。
そういったサイトを主催している人達に、金銭的な利益が発生しないからです。
これは全く解けない謎だったのです。

しかしなんと、それらは主催者側の善意によって成り立っているそうではないですか!
経済的な利益を上げる為ではなく、そのグループの構成員全員が純粋に興味のあることに力を注ぎ、世の中に役に立つもの(サイト)を作りたい!という動機なのです。

これには全く頭が下がりますね。
取りあえずフリーターとかでも餓死する事はほとんど無くなった世の中にできた新しい価値観らしいですが。

確かにネットにはマイナス面もあります。
某サイトのように、有名人から身近な人を匿名でボロクソに批判しまくるのは虫唾が走ります。
そんなに気に入らないんだったら、本人に直接会って言えば良いのに。
有名人だったら会うのは難しいですけどね…。

しかし、ネット愛好家の善意によって成り立つ部分も多いと判って、すごくネットに関する考えが変わりました。ネットの普及がもう避けられない以上、こうした美点を見つけられると少し感動しますね。
これは少しはパソコン音痴を克服する為に頑張らねば。

2008年2月4日月曜日

久しぶりの再会

今日は(正確に言うと昨日)、懐かしの友人に会って来ました。
ボストンのバークリー時代の友達なのですが、2年以上会っていませんでした。
僕が留学した最初の頃からの友達なので、異常な懐かしさを感じる人です。

お互いの近況も話しつつ、ボストン時代の割りとゆったりした時間の流れを思い出しました。
あの頃は音楽をやるか、友達とコーヒーか酒を飲むかくらいしかやる事が無かったのですが、苦しくもとても楽しい日々でした。

そんな彼に言われたのは、「純ちゃん(僕の事)ってバランスが良いよね。」です。
この台詞は時々言われる事があります。ミュージシャンからが多いですけど。
音楽家って変わった人が多いというのが実感としてあるのですが、僕の場合普通の感覚も持ち合わせている、という事らしいです。


この言葉は人によって受け止め方は大分違うでしょう。
僕の場合はうれしい言葉です。
僕は、「世の中の全ての事において大事なのは調和である。」と思っているのです。

バランスが取れている、と調和が取れている、というのは意味合いは似ていても次元が違う感じがしますよね。でもその前段階のような印象を受けます。

調和が取れている、というのは音楽や人間関係において、また人と自然の関係等にも理想な状態のはずです。そして、全ての宗教が目指す人間像でもあると思います。釈迦、キリスト、孔子などなど。

専門的な部分はある程度突出していて当たり前、と思うので、それ以外のところが全く欠落しているというのは僕の目指すところではありません。
素晴らしい音楽を奏でる人でも、人間として問題がある場合はがっかりしてしまいます。


ついつい話が大きくなってしまいました。
僕が調和の取れた人間を目指す為に、取りあえずは確定申告の用意をしないといけません…。
日々の細かい事もちゃんとしなきゃ、ですね。

K太、色々あるけどこれからも頑張って行こうじゃないか。
さっき言った目標も実現できるようお互い頑張ろう。